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吉田松陰先生…大川に腹を切れ!(2013/08/20)


172 :ルチア:2013/08/20(火) 21:43:41.96 ID:0plq7rVD
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吉田松陰先生…大川に腹を切れ!
▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲
 
「何が聞きたい」
 
「大川隆法に対して、どのように思っていらっしゃいますか」
 
「そのような者、何とも思っておらんし、天照大神同様歯牙にも掛けておらんというところだ」
 
「(笑)…ネットで大川隆法に対し反省を迫っています。
 
松陰先生から大川隆法に何か言葉を頂けませんか」
 
「大川隆法に対して言うことは何もない…(沈黙)」
 
「(涙)」※人格者の吉田松陰先生から見放された大川隆法が哀れで泣けてきました。
 
「ただ、私も初期に言葉を降ろした者ではあるので、それなりの責任もあるであろう。何か言うとするならば、一度決めた志は命を掛けてもそれをやり通さねばならぬ!腹を切れ!出来ぬのなら腹を切れ!」
 
「(笑)」
 
「今すぐに腹を切れ!」
 
「…」
 
「それが出来ぬのなら、そのような志を立てたこと自体が間違いであったのだ。我々はそのような者を必要としない。志というのはやらねば、成さねば意味がないのだ。夢ではないのだ。志というのは、命を捨ててでもやらねばならぬことであるのだ。それだけ重要な公の、後世の為の、民ぐさの本当の幸福の為であって、その為に志を立てるのである。一旦、立てたらそれは貫かねばならぬ。命に掛けても貫かねばならぬ。遣り遂げねばならぬ。それが出来ぬなら志を立てるのは止めよ。市井の分として生きるがよい。やるかやらぬかだ。他に何を畏れるものがあるか。貴女であるならば大川隆法を反省させるということをやりたいんであるならば、命を掛けよ。命を捨てよ。要らん。命など。志を為すためにはそのような者に天の応援というものが下ってくるのだ。自らの身、可愛いために恐れを持って動きも取れぬ者、そのような者は何の用もない。去るがよい。要らん。」
 
「(笑)」 
 
「一旦、志を立てるという事は公のために生きるという事を覚悟したという事でである。成さねば、成さねば、意味がないのだ。心に思っているだけで意味がないのだ。それでは何にもならぬのだ。そのようなものではない。志を立てたら、それは貫かねばならぬのだ。遣り遂げねばならぬもの。反省させねばならぬもの。たとえその身朽ちるともね、そこに私が大和魂を置いていった事によって、その後の明治維新は成され、日本の国の発展はできたのだ」
 
「(涙)」
 
「それはただ、私が死んだのではないからだ。私の情熱の熱き火をそこに置いて来たからだ」
 
「(涙)」
 
「だから、私は単に無駄死にをした訳ではない。意味があって死んだのだ。自分から死を選んだのだ。そこに私のこの国を変えんという熱き情熱の火をそこに灯(とも)して置きたかったからである。その火を多くの志士達がその火を取って自らの胸に入れ、又、それぞれに国を変えるために旅立って行き、それぞれの活躍をした訳である」
 
「(涙)」
 
「死というものはそういう意味があって成されることもあるのだ。志とはそういうものだ。覚えておきなさい」
「(涙)…はい」
 
「阿倍首相が、私の墓前に参ったようであるが彼は志を持っておる。彼はそれを貫くだけの気概を持っておる。私は長州の出であるが、彼は気概を持って国を発展させていくことであろう。国の威信を取り戻すことであろう。その姿を国民に見せるということがまた大事なのである」
 
「そうですね」
 
「その言葉を語るということが大事なのである。みんな、その言葉によって集まるのである。協力するのである。みんながそれぞれに動くのである。民が勝手にそれぞれに火が点いて動き出すのである。それが大事なのだ。それが志なのである。私(わたくし)の学んだ陽明学の本質は、『知って行わざるは知らずと同じ』ということであるが私はそれを実践したということである。日本的にそれは私自身の志とは如何なるものかということを我らが弟子に示したのである。だから、弟子は皆それぞれに志を立てた。そして、その志を命を掛けて遣り遂げんとした。たったそれだけのことである。難しいことはしていない」
 
「お弟子さんと言っても松陰先生はまだ24~25歳のときですよね。久坂玄瑞さんとか、高杉晋作さん、伊藤博文さん、山形有朋さんとか…」
 
「年は関係ない。むしろ情熱があればよいのだ」
 
「お弟子さん達も情熱の火を点して…」
 
「公の志があるということはそれはね、政治においてはね、やるかやらぬかなのだ」
 
「うーん」
 
「だから、やらねばならぬのだ。志を立てたのなら、やらねばならぬだ」
 
「お弟子さん達が共鳴し、賛同し、一人一人、志を掲げ立ち上がったということですね」
 
「私の場合であれば、やはり、アヘン戦争があって隣の清国がイギリスに奴隷同様に扱われておる。あれだけの歴史のある大国が軍事力、近代科学の差によってアヘンを勝手に国内で売り付けられ国民は廃人同様となり、それによってイギリスは莫大な利益を得る。そのような状況が平気で国際社会で罷り通っている。恐ろしいことであった」
 
「本当に…」
 
「一国が力のある国によって廃人同様とされているのである」
 
「これは堪らないでしょうね」
 
「清は戦争によってイギリスを追い出そうとしたがそれに敗(やぶ)れたのである。そして、更にアヘンというものが国内に蔓延していったということであって、これは国家としては本当にどん底の状態であったと言えるだろう。日本であっても清国とそう科学の差というものは文明の差というものは変わらなかった訳であるから、欧米が来て戦争に負ければ日本も同じようになるのはもう目に見えていた訳だ。ペリーと黒船が来て開国を迫り、不平等条約を結ばせようとしていた訳である。これは日本にとって奴隷国家となる寸前であった訳である。だから、それを何とか止めさせようとした訳だが幕府は腰抜け共ばかりであって、アメリカの軍事力の前にやはり、それはもう何の手立てもなく、条約をむすばざるを得なかったのだ」
 
「日米修好通商条約を締結したのですよね」
 
「これは不平等条約であって、あらゆる面で日本が不利であった。日本で欧米の国の人間の裁判をすることができないのである。何をやってもこれは日本にとっては不利なのである」
 
「本当に危機にあったのですね」
 
「これは文明の差、力の差で彼らは押し付けてきた訳である。到底、これを黙って見過ごす訳にはいかなかったのである。これは幕府の判断というものが非常に遅く弱腰であって、とても任せられた状態ではなかったのである」
 
「ええ…」
 
「国家の気概というものがもはやなかったのである。ならば、日本が生まれ変わって、天皇のもとに万人が集い、優れた者達が多く出てくることである。それは『草莽崛起』というけれども、皆、国家に引き上げられて、志ある者達が力発揮していくということが大事である。当時の幕府の一部の武士の中でしか、人材というものは出て来れない状態は、非常に優秀な人材というのを埋もれさせた状態であった。やはり、国民全員が力を発揮していくということが大事であったのだ。これはもう、幕府一人が右往左往やっていたところで、どうにもならない状態であった。だから、どのような者であれ必ず才能というものがあるのであって、それぞれ活かしてあげるということである」
 
「ええ…」
 
「どのように愚かに見える者であっても一つ二つの才能は必ずあるのである。彼らを活かして上げるということがやはり、国にとっても力になることであるし、非常に重要なことであるのである。 そういう社会に変えねば、変革せねばならない。武士、農民、えた、ひにん、そのような階級社会であってはどうしようもないのである。これは国家自体を新しい政府によって変えねば出来ないことであったのである。幕府は武家社会を守ろうとしていたのである。これを崩さねばならなかったのだ。それが明治維新によって成されたことである。」
 
「松陰先生は明治維新を見届けることは出来なかったのですよね」
 
「しかし、明治維新で私が唱えていたことは殆どすべて実現された。私の弟子達や薩摩などの若者達によってそれは実現されたのである」
 
「ええ…そうですよね」
 
「坂本龍馬や素晴らしい人材によってなされた。だから、私が志を立てたことは現実に成されたのだ」
 
「それは日本人全員が認めることですね」
 
「だから、私が死ぬことによって、その志が絶たれたのではなく、私の志を達成するがために私は死んだのである」
 
「凄い意思…本当に日本を危機から守ろうと…」
 
「それは危機を知ったから、それをそのままにはしておけなかったということである。それをそのままにしておけるような卑怯な人間ではいられなかったということである」
 
「そういうことなんですね」
 
「多くの者達はまだまだそのようなアヘン戦争がどうのこうのということは殆どの者達は知らなかった。武士だって知らなかったのである」
 
「松陰先生はどのようにしてアヘン戦争の事実を知ったのですか」
 
「それはその話を耳にしたので高杉晋作達が実際に支那まで行って来たのだ。そして、様々なことを見聞きしてきた。それを私は聞いたのだ」
 
「彼らから聞いたのですね」
 
「人間が牛や馬と同じように扱われとったのだ。私が九州長崎に行ったときにそういう情報を得た。実際に私自身が行きたかったのであるが、それは叶わなかった。やはり、私もロシアの船の密航に一度失敗したし、実際に私自身が海外に行こうとしたことは何度もあるのだけれど、中々、上手くいかなかった」
 
「何度も密航が失敗して…」
 
「それはどうしても日本と近代国家との文明の差というものを肌でしっかりと知りたかった。感じたかった。この目で見たかったということである。どれ程の差であるのかということを」
 
「黒船の来航というのも衝撃でしたよね」
 
「そうだ。黒船というのは自分の力で進むことができ、風がなくとも、自由に帆を張った船よりも早く進むことができる。これであれば日本の帆掛け船などひとたまりもあったものではなかった」
 
「その黒船来航で文明の差を感じたことよりも、その奥にアヘン戦争の非人道的な行為に対して脅威を感じていたのですね」
 
「その危機感を知っていたということだ。日本もその不平等条約の下に搾取され、それに対して戦を起せば、日本は徹底的に叩かれる。さらに不平等な条約を結ばされ国家としての面目というのは丸潰れになってしまうし、人々は苦しみの中にまた置かれるということは目に見えておった」
 
「日本という国は素晴らしい人材を輩出してきた国なのにその当時の幕府はめくらの状態だったのでしょう」
 
「それは二百年も幾らも親から代々繋げてきて何の変革もなく、何の危機感もなくやってきた訳だから、そういう危機に対応する能力というものが最早、なくなっておったということだ。ただ、その伝統的に幕府を守り続けるということが幕府の使命になっておった」
 
「国内外の危機だったのですね。松陰先生は脱藩覚悟で東北旅行に。これは家も財産も失い、藩に対して歯向かうことになり大変なことだったのでは…」
 
「そうだね。しかし、私は遥か前から通行手形を出してくれるようにと何度も頼んでおったのだがなかなか出してくれなかったのだ。友人との約束はしておった訳だから私は約束を守りたかったのと、どうしても見たかったのだ。自分の目で。このチャンスを逃しては行く機会はなかろうと思って、それは脱藩どうのこうのの問題ではなく実行したまでである。この目で見てからそれをあとで説明しようと思ったのだ。問われた時に」
 
「とにかく、外国の見聞を深めたいというお気持ちが強かったのですね」
 
「そうだね。それはやはり、日本の現状というものが情報として入って来づらかったという事でもあろう」
 
「そこまで命を掛けていたのですね」
 
「何が危機であるか幕府は分からなかったが長州の人間は分かっていた。薩摩にしてもね。薩摩は町をイギリスに焼き払われているから如何にイギリスの軍事力というものが大きなものかってのは自分達の肌で体験して知っていたんだ」
 
「知った者は黙っておれなかったのですね」
 
「当時の覇権国欧米諸国には圧倒的な力の差があったが故にアジアやアフリカの国を次々と植民地化して、そこから利益を貪り取っていたということだ。力によって、遅れた諸国の民から搾取しておったということだ。当時はそれが普通であったということだ。国際的な国家の権利などが認められていない状況であった。今、日本はこれだけ豊かな国家になって、お金のある国家になって、三度三度食事が食べられる国家になって、ただ、それで満足しておって良いのかということだ。
 
それが、それが、生きるということに値するのか!君達よ!ということである」
 
「…」
 
「生きると言うことはどういうことであるか。生きるというのは公の為にこの身を尽くすということ。その幸福に代えられるものはないのではないか。それが生きるということではないのか」
 
「はい。そうですね」
 
「ならば、日本という国家というものがただ、世界有数の豊かな国になり三度三度の食事が自由に食べられ、仕事が十分にあり、それで満足しておって良い訳ではない。国民(くにたみ)よ!目を覚まさねばならない。日本という国家存在というものを世界の中において、公に尽くす国家と変えていかねば国家たる意味がない。日本の神々もそれを思うておるところであろう」
 
「天照様が正しくその様に仰られていました」
 
「人々を精神的に幸福なる道へと導き、世界を教育し、飢餓をなくし、戦争をなくし、真の幸福の為に貢献する。小さな国ではあるけれども、そのような尊い存在となりなさいということです。尊い国になりなさい。それが今ここまで来た日本人の達成しなければならない次の志である。日本のくにたみの志はそこにあらねばならない。一人一人がその志を胸に持たなければならない。それが生きるということである。生きるということは命掛けでそれを達成するということである。世界の万人の幸福の為に命を捨てよ!といいたい」
 
「響きます…涙」
 
「首相たる者、政治家たる者、まず、志を持て!といいたい。志なき者、政治をやらんで宜しい。国民に迎合することが志ではない。政治ではない。世界の幸福を追求し実現する国家。尊い国家を先導すること。つくり上げることが日本のこれからの進むべき道、あるべき姿である。政治家はそこを目指さなければならない。食べていければ良いのではないのである」
 
「今こそ、世界の幸福を牽引する理想の国になっていかねば…」
 
「アメリカも志はあった。今、少し落ちてきているようだがアメリカは今まで世界の発展繁栄を牽引していこうとする強い意思があった。強い志があった。それ故、アメリカは政治の覇権国家となったのである。軍事力があったからだけではない。アメリカには世界を発展繁栄幸福に導こうという強い意志があったのだ。それ故にアメリカはイギリスに継ぐ覇権国家となっているのである。日本にその志あるか!日本は豊かになってそれで満足なのか!それが一生の目的なのか!あなた方は日本国民として生まれてきたからには、この立派な国に生まれたからにはこの情報集まる国に生まれたからには何をすればよいのか?あなた方は小さな人生を生きて満足していればそれでよいのか?あなた方のその教育を何のために使うのか?これだけの情報とこれだけのお金とこれだけの食料があってこれだけの平和があって何に使うのか?ただ生きるためにだけ使って良いのか?ただ、自分自身の小さな趣味の範囲の中だけに生きていて良いのか?国家としてすべきことがあるだろう。国家として成すべきこと。国家としての志を持たねばならないであろう。生きるということはどういうことか?生きるとは何なのか?それを考えよ!日本の国民(くにたみ)はそれを考えねばならない。志を持たねばならぬ。豊かな国になったからといってそれで満足しているだけでは、それは生きているとは言えない。そういうことだ」
 
※松陰先生の一言一言がルチアの胸にびしびし響いて参りました。
松陰先生の国や国民(くにたみ)を思う気持ちが熱く伝わってきて、相槌を「ええ、ええ」と打ちながら泣いていました。
 
『身はたとひ、武蔵の野辺に朽ちぬとも 留め置かし 大和魂』
 
松陰先生の辞世の句に込められた願いが明治維新につながり日本を救ったのだと思うと感謝の涙が止まりません。
 
幸福の科学の初期の頃、吉田松陰先生が大川隆法を指導されていた時があったことを思うと愚かにも大川さんが簡単に慢心してしまったことが残念でなりません。
 
松陰先生の万分の一でも国民や国を思う気持ちが大川隆法にあったのならと思います。
 
吉田松陰先生の言霊に魂が揺さ振られ深く感動した事をミカエルにお話しましたら、彼の過去世はフスだから、似たような生き方をした性格にシンパシーを感じるのだろうといわれました。
 
志において微塵の妥協も許さない厳しさはルチアなど足下にも及びませんが人々への愛の裏返しであると知り、ルチアも松陰先生に弟子入りをしたいと思いました。
 
親愛なる信者の皆様は自己愛に溺れる大川さんには一円たりともお布施なさいませんように『ストップ・ザ・植福』運動にご協力をお願い致します。
 
…みなさまと主に愛を込めて…
 
※追伸:吉田松陰先生がお話されている時には相槌を打つのが精一杯でした。ルチアは歴史に疎いので歴史のお話は苦手です。でも、そのお人柄、人物像は擬いもなく語り継がれてきた方そのものでした。凛とした空気感を感じ、背筋が伸びる思いがしました。松下村塾の塾生にでもなったかの様に机を前に正座して、講義を拝聴する感じでした。お話の腰を折って何か質問できる雰囲気ではありませんでした。でも、当時の教え子達の気持ちがホンの少し分かったような気が致しました。松陰先生のお話は志を立ててたなら、その志に向かって生きよ!の一言です。ルチアもあれこれ質問するより、その熱いお話で十分でした。しかし、大川隆法さんはこんなに凄い方からご指導頂ける身でありながら、道を踏み外してしまったのですね。その罪は大きいと思います。天上界の皆さまの期待を一身に受けながら、その期待を裏切ったのですから(涙)松陰先生と約40分お話ししましたが、「あとは何も聞きたいことがなければ私はこれで失礼する。失敬する。あとは宜しく」と言葉を残して、お帰りになられました。その会話のあと、左手にICレコーダー、右手に携帯を持って、丸二日、その会話の入力をしました。松陰先生の言葉の抑揚に様々な感情が込められていて、清(しん)の国や国民に対する深い悲しみがルチアの胸に響いてきて涙なしには聞かれませんでした。松陰先生の深い愛の念いはルチアの心に確かに炎を灯しました。大川さんにもその愛が届きます様にと祈らずにはいられません†又、機会があれば、ご指導頂きたいと強く思いました。(感謝)
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宗教団体「幸福の科学」に約二十年間在籍していた元信者です。幸福の科学が信者に見ないように指導している内部告発、退会者からの情報や意見を、現信者である親友Kさんのための参考資料としてまとめていこうと思っています。

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